5作品94分
【東京】シアター・イメージフォーラム:9/19(SAT)11:00, 9/23(WED)16:00
【京都】出町座:10/19(MON) 18:00
【名古屋】ナゴヤキネマ・ノイ:11/9(MON) 17:40
【広島】広島映像文化ライブラリー:11/24(TUE) 18:30
【福岡】福岡市総合図書館
死から蘇ったポッター神父は、人と人ならざるものの狭間で「この世」を見つめ直す旅に出る。生前告解室で他人の問いに答えを与えてきた神父が、肉体を失って「人間とは何なのか」という実存的な問いと向き合う。ファウンド・フッテージや生成 AI の映像素材を巧みに織り交ぜ、「非人間」の視点も踏まえその問いを際立たせるポスト AI・シュールレアリズム映画。
ティン・チーウェン
台湾出身の映像作家。テクノロジーと人間の関係をめぐる考察を常に作品に反映してきた彼の芸術表現は、しばしばオルタナティブな物語や映像的実験を組み合わせて生み出される。最新作となる短編映画およびアートビデオ作品が、クレルモン=フェラン国際短編映画祭やアルス・エレクトロニカで初上映された。
車窓の外に広がる夜景に立ち並ぶビルの影、疾走する列車の連続する明るい窓……。浮遊感のある夢が増殖し、映画の初源的イメージと近代都市の風景が交感しながら観客の記憶を刺激する。影絵を使ったハンドメイドな手法が、作品の世界観に情感を加える夢幻的ファントム・ライド。
リア・チャン・ルーウェン
香港を拠点に活動するアーティスト、実験アニメーション作家。映像、抽象アニメーション、ライブ・ビジュアル・パフォーマンスなどの領域を横断して制作を行う。率直でありながら詩的なアプローチを通して、音と映像の相互作用を探求し、具象的な対象を抽象的な視覚言語へと変換する。そのリサーチの関心は、地理や記憶との関係における個人のアイデンティティの流動性や、物語主導のメディア文化の中で抽象性が占める空間に置かれている。
いわゆる ”ミレニアル世代” と ”Z 世代” の間で宙ぶらりんの主人公・シャオガオは、友人や家族、恋人との関係をこじらせながら、結婚や出産をめぐる社会からの重圧にもなんとなく押しつぶされそうで……。作者自ら監督&主演を務め、自身の経験を土台とした物語を、リズミカルで奇想天外な場面展開によってコミカルに描いた。
ガオ・ジュンイェン
中国・山西省出身の映像作家。フランス語およびフランス文学を学び、女性性、孤独、情熱、そして感情への誠実さをテーマに作品を制作している。脚本家・プロデューサーとしても活動し、短編映画『Seeding, Blossoming, Fruiting』は、リーズ国際映画祭、ノルウェー短編映画祭、ナッシュビル映画祭、ボゴタ短編映画祭をはじめとする国際映画祭に選出された。
空港の拡張によって、亡き母との記憶が刻まれた実家を失うことになった作者。母の死と、時に人をさらうという台湾の妖怪「魔神仔(モシナ)」のイメージが重なる。ノート、母の服、作者による絵画など、母の不在を映し出すものを通して、作者の喪失感や残された父との関係が綴られる。プライベートドキュメンタリーの秀作。
チエン・マンチュン(簡嫚君)
台湾出身のアーティスト。自らの切実な生の実感に根ざし、家族の記憶や感情の痕跡、失われゆく土地をテーマに制作を行っている。身体感覚を起点として複数のメディアを横断しながら、感覚そのものに深く寄り添い、未だ整理されず揺れ動く内面的な経験が、つかの間、かたちを得る場をひらいている。
1990 年代より個人映画の分野でユニークな実験的作品を発表してきた帯谷有理の最新作。街角でトイピアノを弾き ”テンテン” を探す男に邂逅した「私」は……。作者の代名詞といえる作り込まれた音像と全編主観ショットで貫かれ、観客を奇妙な日常世界へといざなっていく。田畑を突っ切る一本道のロングテイクに注目。
帯谷有理
映像作家・アーティスト。2007 年発表の『酸っぱい畑』以降、一貫して POV 撮影、広角撮影、手持ちカメラによる長廻し(またはシークエンスショット)とアフレコ音声を用いて、視覚と聴覚の距離感の統一と、音風景のプレゼンスとリアリティを一途に目指している。
